求愛・造巣期
10~12月頃になると,周辺に縄張りを持つペアにアピールするため,行動圏の境界付近で広範囲を高く飛んで見せたり,ディスプレイ飛行と言われるちょっと変わった飛行なんかを見せます.また,次の繁殖に向け本当に気合いの入っている(餌が良く捕れている)ペアでは,巣材をせっせと運んで,11月初旬には針葉樹の葉で巣の上が緑色でいっぱいになることもあります.
翼をすぼめて急降下と急上昇を繰り返す波状飛行(ディスプレイの1種)
アカマツ青葉を運ぶ
4m近い大きな枝を運ぶこともあるよ!
その後,12~1月頃になると巣の周辺にいる日が多くなってきます.特に気温が上がるまでの午前中を中心にペアでの求愛飛行や交尾,巣材運びなどを活発に行います.余談ですが,イヌワシは,求愛給餌をしない!と言われていますが,極稀ではありますが雄が巣の近くで待つ雌に餌を運んでくることがあるんですよ.
重なるほど接近して行われる求愛のディスプレイ(上下型誇示飛行)
イヌワシの交尾
雄が上に乗る時間は,15秒から30秒くらいが多いです
産卵~抱卵期
2月頃,寒く雪が沢山積もっているこの時期にイヌワシは産卵します.北陸では,早いペアで1月20日前後,最も遅いペアで3月28日の産卵が観察されています.産卵する時間については,小澤会長が産む瞬間を確認した4例全てで午後でしたが,午前中に生んだと推測された調査結果もありました.産卵は,基本2卵が多いですが,最近では1卵しか産まないペアが増えてきているように思います.2卵目は,最初の卵を産んでから3日後に産むことが多く,1卵目を産んでからすぐに親鳥は抱卵(卵を抱き温めること)を開始します,抱卵は,雄雌交代で42日間ほど休まず続けられます.この間,1~2時間に1回くらい親鳥は立ち上がって,転卵といって卵を嘴で転がして温める場所を変える行動をします.卵の大きさは,おそらく親の栄養状態などで違いはあると思いますが,だいたい7cm×5.5cm前後ですので,ニワトリの卵より二回りほど大きいですね.
抱卵中の雌イヌワシ(42日間頑張ります!)
左がイヌワシ・右がニワトリの卵
ふ化~育雛期
3月~4月,42日間という長い抱卵期間を経て,ヒナはふ化します.ヒナは,最初真っ白な綿羽に覆われていて首もふらつく状態です.その後,親鳥が小さくちぎった肉片を口移しで貰い,どんどん成長していきます.この頃,親鳥は消化を助ける酵素でも入っているのでしょうか!?よだれの様なものもヒナの口に肉片と一緒に入れることがあります(遠距離からの観察で毎回するかは確認できず分かりません).そして,20日齢を超えたころ,翼の先から徐々に黒い羽根が生え始め,60日齢頃にはほぼ全身黒い羽根に覆われます.個体により違いはありますが,30日齢前後からは,自分でも餌をちぎって食べられるようになります.60日齢を過ぎると次は巣立ちの準備です.一生懸命小さな巣の中(本当は1.5~2mほどあり巣はとても大きいです)で羽ばたき練習や狩りの練習をします.
24日齢のヒナ
29日齢のヒナ
風切り羽が生えてきている
42日齢のヒナ
48日齢のヒナ
65日齢のヒナ
92日齢のヒナ
巣立ち
産卵から120日近く経ち,ヒナが70日齢を超えるといよいよ巣立ちです.個体により違いはありますが,風が吹き始めると巣立ちスイッチが入り,激しい羽ばたきをするようになります.そして,生まれて初めて自分の意志で巣をけり,羽ばたき,巣の外に出るわけです(巣立ち後のヒナは“幼鳥”と呼ばれます).イヌワシの巣は,高い崖や大きな木に造られるわけですので,ビルの屋上から下をのぞき込むような感覚ですよね….考えただけでも,ゾッとします….しかし,巣立ち前イヌワシのヒナは覚悟を決めるようです.観察を続けていると,顔つきが“ヒナの顔“から“幼鳥の顔“に変わる瞬間があります.その顔の変化が見られたら,巣立ちは間もなく!小澤会長の経験では,どんなに長くても顔の変化から2日以内に巣立ちしました.
巣立ちは,だいたい6月が多いですが,小澤会長の観察では早いもので5月20日,最も遅いもので7月5日でした.ヒナの日齢は,80日前後が最も多いですが,早いもので71日齢,遅いものは95日齢でした.巣立ちの時間は,小澤会長が巣立つ瞬間を確認した14例中10例と7割ほどが午前中でしたが,4時台~18時台まで特に偏りがあるものでもありません.巣立ちの仕方も様々で,風を受け,すぐに巣立つ個体もいれば,いつまでも巣に居座っているので親から誘導されたり,追い出される個体までいます.
巣外育雛期
巣立った後の幼鳥は,徐々に飛べる範囲を広げていきます.最初は,数十m,そして数百m→数kmと.イヌワシの幼鳥は,飛行能力をかなりのスピードで上達させます.多くの場合,1km飛べるようになるのに1~2週間程度です.
この間,餌は親鳥から貰います.自分でも餌は探しますが,実際に自分で獲物を狩れるようになるまでには何か月もかかります.ですので,親鳥から狩りの仕方を教わりながら,何度も自分でトライして狩りの技術を習得していくのです.そして,自分で餌を狩れるとついに親離れをしなければいけません.親鳥は,次の繁殖期前である秋頃から,獲物を自力で捕れるようになった幼鳥に対し攻撃をするようになります.徐々に強くなっていく厳しい攻撃を受け,幼鳥は親鳥の行動圏から出ていくのです.
同じ幼鳥でも個体ごとに白斑の大きさや形が違います
翼に大きな白斑をもつ個体
幼鳥を追い出す親鳥
親子3羽で大空を舞うイヌワシ
その後(幼鳥)
その後の幼鳥の行動は,追跡できず,詳細は分かりません.しかし,これまで出会ったたくさんの放浪中の幼鳥を見ていると,色んなペアの行動圏に入り込み,追い出されながらも狩りをし,生き続けているようです.そして,ペア生息地に空き(ペアの片方が死亡するなどの理由による)があり,受け入れられれば,そこのペアとして繁殖し,命をつないでいくということになるわけです.
その後(親鳥)
子離れ後の親鳥は,また次の繁殖に向け,十分な餌を確保し栄養をしっかり付け,求愛・造巣…へと行動を繰り返していきます.これを,毎年行うのが健全なイヌワシペアの行動です.
しかし,近年の餌不足により,ペアの繁殖は良くて隔年(1年おき),悪ければ10年以上繁殖成功させられないペアも出てきています.